近年、勤労者におけるメンタルヘルスの悪化が社会的問題になっています。仕事に関する不安、悩み、ストレスがあると感じる労働者の割合は過半数を超えており、メンタル不調により休業または退職した労働者がいる事業所の割合が増加していることも報告されています。従業員のストレスチェックが義務化されるなど、国による対応も始まっていますが、一人ひとりが自分のメンタルヘルスを守る対策をとることも重要です。
中強度以上、ややきつい程度の身体活動が多い集団は抑うつの発症が少ないなどメンタルヘルスが良好なことが知られています。また、仕事の合間のストレッチ運動は、快感情や高揚感などポジティブな心理状態を誘発することが示唆されています。更に、運動後には認知機能が有意に向上することも明らかになりつつあります。とはいえ、なかなか実践できない環境(雰囲気)だという声も耳にします。哲学者のジャン=ジャック・ルソーやカントがよく歩いていたことは有名な話ですが、移動や仕事中のNatural・Movementが大切なのかもしれません。
現在、座位行動を身体活動に置き換えること、すなわち日常生活において座位時間を減らし、身体活動量を増やしていくことが、心身の健康の維持・増進に貢献することが明らかになってきました。成人においては座位行動を中高強度身体活動(階段の上り下りやスクワットなど)に置き換えていくことが心身の健康への恩恵が大きいと言われています。一方、シニア世代においては、トータル10分程度の座位時間を立ち上がってお茶を入れる、用事を足すなど、こまめに低強度身体活動に置き換えていくことでも抑うつなどに恩恵が得られる可能性があることが報告されています。
WHO(世界保健機構)憲章では、健康とは「完全な肉体的、精神的、及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」としています。「健康」とは、単に「病気がない状態」だけが「健康」なのではなく、人々が長い人生を有意義に生きていくことを健康の要素の一つとしてとらえていく必要があるのではないでしょうか。
参考文献:甲斐ら,2016.日本人勤労者における座位行動とメンタルヘルスの関連
厚生労働省.事業場における労働者の健康保持増進のための指針.改正 令和5年3月31日 健康保持増進のための指針公示第11号
岡ら,2023.厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業)分担研究報告書.座位行動を身体活動へ置き換えることは健康リスクを改善するか?
⑱ご存じですか? 座りすぎと死亡リスク
⑲座りすぎ対策に関する世界の動向
⑳私の座位行動時間、大丈夫?! セルフチェックと対処法
㉑座りすぎによるむくみ ~その原因と対策~
【プロフィール】
◆岡 浩一朗(おか こういちろう)
早稲田大学スポーツ科学学術院、副学術院長兼スポーツ科学研究科長
1999年に早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程を修了、博士(人間科学)の学位を取得。早稲田大学人間科学部助手、日本学術振興会特別研究員(PD)、東京都老人総合研究所(現東京都健康長寿医療センター研究所)介護予防緊急対策室主任を経て、2006年4月、早稲田大学スポーツ科学学術院准教授に着任。2012年4月より現職。専門は、健康行動科学、行動疫学。岡浩一朗オフィシャルWebサイト。ワセダオンライン「『座り過ぎ』が健康寿命を縮める」。
◆荒木 邦子(あらき くにこ)
早稲田大学スポーツ科学学術院非常勤講師
早稲田大学アクティヴ・エイジング研究所研究員
博士 (スポーツ科学) (早稲田大学)
健康づくり・介護予防事業立上げ・指導を経て2009年より現職。
ヘルスプロモーション、運動指導方法論、介護予防プログラム開発指導をはじめ
自治体・企業の健康づくり事業、地域活性事業に携わる。
日経プラスワン「カラダづくり」連載、NHKBS「チョイス」、TBS「あさちゃん」他出演。